魔が入る


 151.pngお久しぶりです。
 なかなか、ブログの更新が進まず、ファン申請の機能もわからず、

 本当に、皆様には、翠玉のボケボケぶりに、

 ご迷惑かけております。


 152.pngブログを楽しみにしている皆様、ありがとうございます。


 さてさて、

 私たち、人間には、魔が入る、というお話。


 魔が差す、魔の時間帯、魔が入りやすい人とは。

 あるお店で、深夜勤務の方が仕事をしていると、

 夜中の2時に掛け時計の針が、ぐるぐる回り、すいません、とお客様の声が、、

 急いで、レジに戻ると、誰もいない。

 店内を見回すが、やはり、誰もいない。143.png


 ゲームセンターの店長さんが、店を閉め、シッヤッターを降ろしたあと、

 すみません、とお客様の声が、

 なかに取り残されたお客様がいると思い、慌ててシャッターをあけると、中はシーン、として、誰も居ない。

 しかし、スタッフ3人が同時に声を聞いた。幻聴ではない。この話は、体験談を聞いたのですが、怖いですね。143.png

 




 一日のなかで、逢魔が時、人は魔が入りやすい時間帯があるのです。

 時計の針がありえないスピードでグルグルまわる、夜中の2時、あちらとこちらの世界の磁場がかさなるのかもしれません。

 あるいは、あの世とこの世の、時間が重なるのでしょうか。

 しめたはずのゲームセンター、中にいた方は、あちらの住人なのか。場はどちらも存在しているのです。不思議時間ですよね。

 特に、それは夜中2時から、4時ころまで、

 丑三つ時と呼ばれる時間帯。

 魔はいつも鬼門の方角から、やってきます、丑寅の方角、北東。


 魔が入りやすい時、人は、環境にも左右されます、住んでいるお部屋がありえないほど、汚い、繁華街など殺人や事故の多い地域などに

 居住する、水場のたまり水など、汚水の近くには、居住しないのはベストですし、線路や高速道路、高層ビルなど。お墓や神社、、


 そんなん、住む場所ないやん、と、突っ込まれるかもしれません。

 まさに、人は、自然の中に住むのが一番でしょうね。
 
 だからこそ、居住スペースに魔が入らないように、お塩や水晶などで、場の浄化が大切なのです。

 あんな良い人が、信じられない。

 あんな事件を起こして。

 よくありますね。

 頑張って、頑張ってもうここまでか。

 自分のネジが切れてしまい、もう、どうでもいい、

 自分を見放してしまう時、すーっと、音もなくそれは近づいてきます。魔が入るのです。

 自暴自棄、魔が入るとき、人が変わったかのように、人格変貌がおこります。

 イライラします。怒りっぽくなります。

 普段言わない、言えないことを口にします。

 コントロール不能にさせられるからです。


 人は孤独です。

 孤独だからこそ、生きるのです。生きなければなりません。寿命まで生きなければなりません。生きることこそが使命なのですから。

 綺麗事になるかもしれませんが、当たり前と言われるかもしれませんが、

 メリハリのある生活を送ることです。リズムのある生活です。

 何時に起きて、学校、仕事に行く、

 生活にリズムがなくなると、体も鈍感になります。
 
 自律神経もはたらかなくなるでしょう。

 仕事もしないで、パチンコ、ギャンブル、お酒を飲んでばかり、

 生活が荒むと人は気持ちにハリ、がなくなります。ハリがなくなると、やる気のなくなり、

 何もしたくなくなる

 何もしたくなくなると、働かなくなる、働かなくなると、お金がなくなる

 お金がなくなると、気持ちに余裕がなくなる。

 余裕がなくなると他人を羨ましく、妬ましくなる。

 魔が音もなく、スーッと入ります。

 魔を退散させには、



 自分が何かと繋がっているということ。社会であったり『、職業をもつ、バイトでも良い』サークルや習い事、趣味、

 なんでも良い、打ち込めることをやる。

 孤独も闇も『悪い言葉、善、悪で言うなら、悪』認め、受け入れる。

 楽になれる。実行に移さない、自分で悪を分析する、そしてちらし、消滅させる。悪の心にありがとう、というのです。

 悪にきずかせてくれた、悪にありがとうと。悪=魔は去り、消滅します。

 大切なのは、まず、自分が生きていること、人として、当たり前の約束は守ること、他人との約束はもちろん、自分との約束を守る、

 当たり前ですが、人の命は殺めないこと、自分がされて嫌なことは、人には

 やらないこと。何にでも感謝、ありがとう、と言える思考回路をあえて作ること。

 あえて、つくるとは、ありがとう、をいつも言うこと。ありがとうを、いっていれば、いえ、言うだけで、また、ありがとうと言える出

 来事が起きてきます。

 ありがとうの、連鎖がおこります。やってみてください。

 最近の時代はネット社会になり、便利になりました。

 しかし、人と人のコミニュケーションは希薄になりました。

 私の若い頃、昭和の時代は、ラインもないし、公衆電話や手紙で、相手に直接気持ちを伝えていました。

 相手に、こんなことを言ったら、なんて思われるだろう、相手の気持ちを考えながら、あーでもない、こーでもないと、
 
 想像力を働かせて相手とのコミニケーションの距離感がはかれたものです。

 今は簡単に、嫌な人はラインなど、既読を無視、別れ話も、メールやラインで、簡単に済ます。

 人の悪口や、人の批判は、出処や自分の名前をわからないことをいいことに、言いたい放題。挙句、拡散する。魔が入る要素満載。

 最近はネットなどでのやりとりなど言葉に責任を持たなくなりましたね。

 言葉は、言の葉、といい、言霊がやっどっています。生きています。
  
 しかし、言葉の呪詛というように、一旦、自分から離れたは悪い言葉などは、取り返しがつきません。


 心を乗せた、言葉を使いたいですね。

 想像力を働かせて、相手に温かい言葉をかけたい。

 一人でも、ブログを読んでくださった方だけでも、実行しましょう。

 魔は、どこにでもいる

 魔は、悪魔という、悪い心、悪魔を呼び込むか呼び込まないかは、あなたの心の持ち方、生き方なのです。

 毎日、ワクワク、楽しく、命を輝かせて、

 真剣に、生きてる人は魔が近寄れません。

 人生は、宇宙で瞬きするほど、短い、


 魔とお友達になる心は手放しましょう。


 どんな時も、必ず、この世で起きたことは、この世で、解決するのです。

 今を、今この時を、魔に振り回されず、楽しく生きていきましょうね。


                                   172.png113.png翠玉124.png

 

 

 

 

 


 

 

 



 

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by chizuko1109 | 2017-11-07 15:05 | スピリチャル